ネガティブ感情に客観的に向き合う:CBTの思考記録(コラム法)で心を整理する実践ガイド
ネガティブな感情に囚われ、心が重く感じられることは少なくないでしょう。特に、仕事のプレッシャーや人間関係の中で、漠然とした不安感や自己肯定感の低さに悩む方もいらっしゃるかもしれません。そうした状況で「どうにかしたいけれど、具体的に何をすれば良いか分からない」と感じている方にとって、認知行動療法(CBT)の一つの強力なツールである「思考記録(コラム法)」は、心を整理し、前向きな変化を促すための具体的な第一歩となる可能性があります。
この実践ガイドでは、CBTの思考記録(コラム法)がどのようなもので、どのようにネガティブな感情と向き合い、客観的に対処していくのかを、ステップバイステップで詳しく解説します。
思考記録(コラム法)とは何か
思考記録(コラム法)は、認知行動療法(CBT)の中心的な技法の一つで、特定の状況で生じる感情やその背景にある「自動思考」を記録し、客観的に評価することで、より現実的でバランスの取れた考え方へと導くことを目指します。
私たちは日々、様々な出来事に対して瞬時に「自動思考」と呼ばれる考えが頭に浮かびます。この自動思考は、意識することなく現れるため、その内容がネガティブなものであっても、それが事実であるかのように感じてしまいがちです。特に、自己肯定感が低い状態にあると、自分の能力や価値を過小評価するような自動思考が生じやすくなります。
思考記録は、この自動思考を文字にすることで可視化し、それがどのくらい適切で、どのような「認知の歪み」を含んでいるのかを検討する作業です。客観的な視点から自分の思考パターンを分析することで、感情に振り回されにくくなり、より冷静で建設的な対処法を見つける手助けとなります。
思考記録(コラム法)の具体的な進め方
思考記録は、一般的に「5コラム法」や「7コラム法」といった形式で実践されます。ここでは、より詳細に思考を掘り下げる「7コラム法」を基本に、具体的なステップを紹介します。
ステップ1:状況(Situation)を記録する
ネガティブな感情が生じた具体的な状況を記録します。「いつ」「どこで」「誰と」「何をしていたか」を客観的に記述しましょう。できるだけ詳細に、事実のみを書き出すことが重要です。
- 例: 「今日の午前中、会議で新しいプロジェクトの提案をした際、上司から厳しいフィードバックを受けた。」
ステップ2:感情(Emotion)を記録する
その状況で感じた感情の種類と強さを記録します。感情は一つだけでなく、複数あるかもしれません。それぞれの感情について、例えば「不安 80%」「落胆 70%」「怒り 30%」のように、パーセンテージで強さを表現すると、より具体的に把握できます。
- 例: 「不安 85%、落胆 70%、自己嫌悪 60%」
ステップ3:自動思考(Automatic Thought)を記録する
感情が生じた直後、頭に浮かんだ考えやイメージをそのまま書き出します。これが自動思考です。過去の経験や未来への予測、自己評価など、ネガティブな感情と結びついている思考を捉えましょう。
- 例: 「自分はやはりダメな人間だ。この仕事は向いていない。きっと次のプロジェクトも失敗するだろう。」
ステップ4:自動思考の根拠(Evidence For)を記録する
ステップ3で書き出した自動思考が「正しい」と思える根拠を、具体的事実に基づいて書き出します。これは自動思考を肯定するためではなく、思考パターンを理解するために行います。
- 例: 「上司から『準備不足だ』と指摘された。以前も似たようなフィードバックをもらったことがある。」
ステップ5:自動思考の反証(Evidence Against)を記録する
次に、その自動思考と矛盾する事実や、別の可能性を示す事柄を書き出します。自動思考が絶対的な真実ではない、という視点を持つことが目的です。
- 例: 「提案内容は同僚からは好評だった。フィードバックは厳しかったが、改善点も具体的に示された。プロジェクトの経験はまだ浅く、全てを完璧にこなせるわけではない。上司は普段から厳しいが、成長を期待してのことかもしれない。」
ステ6:バランスの取れた思考(Alternative Thought)を記録する
ステップ4とステップ5の根拠と反証を踏まえ、より現実的で、かつ感情の落ち込みが少ないバランスの取れた思考を新たに記述します。これは「新しい解釈」や「より建設的な考え方」を見つける作業です。
- 例: 「今回の提案は改善の余地があったことは事実だが、すべてがダメだったわけではない。上司のフィードバックは、今後の成長のために必要なアドバイスとして受け止めよう。経験を積むことで、より良い提案ができるようになるはずだ。」
ステ7:感情の変化(Re-evaluation of Emotion)を記録する
新しいバランスの取れた思考を心の中で反芻した後、感情がどのように変化したかを再度記録します。ステップ2で記録した感情と比べ、それぞれの感情の強度がどのくらい変化したかを確認しましょう。
- 例: 「不安 30%、落胆 20%、自己嫌悪 10%」
思考記録(コラム法)を実践する上でのコツと注意点
思考記録は、継続することで効果を実感しやすくなります。以下のコツと注意点を参考に、無理なく実践してみてください。
- 完璧を目指さない: 最初から完璧にこなそうとせず、まずは書き出す習慣をつけることから始めましょう。重要なのは、自分の思考パターンに意識を向けることです。
- 「書き出す」こと自体に意味がある: 頭の中で考えているだけでは堂々巡りになりがちです。文字にすることで客観視できるようになり、混乱していた心が整理されやすくなります。
- 小さな変化に気づく: 劇的な変化はすぐに現れないかもしれません。しかし、感情の強度が少しでも減少したり、以前より冷静に状況を捉えられるようになったりといった小さな変化を見つけることが、モチベーションの維持に繋がります。
- 客観視する練習と割り切り: 自動思考は「事実」ではなく「思考」であるという意識を持つことが重要です。批判的に分析するのではなく、あくまで客観的な視点から検証する練習と捉えましょう。
- ツールを活用する: 手帳やノートに手書きするのも良いですが、スマホアプリやPCのメモツールなど、手軽に記録できるツールを活用するのも有効です。記録のテンプレートを自作して使いやすくする工夫も良いでしょう。
- 記録のタイミング: ネガティブな感情が強いときに記録することが効果的ですが、難しい場合は、少し落ち着いてから振り返って記録しても構いません。その日の出来事を終えた後など、習慣化しやすいタイミングを見つけると良いでしょう。
よくある疑問への回答
- 「ネガティブな思考しか出てこない…」 それは自然なことです。思考記録は、まさにそのネガティブな思考を捕まえ、対処するためにあります。反証を考えるのが難しいと感じる場合は、友人ならどうアドバイスするか、別の状況ならどう考えるか、といった視点を取り入れてみましょう。
- 「効果が感じられない…」 思考記録は練習が必要です。一度や二度で劇的に変わることは稀で、継続することで徐々に思考パターンが変化していきます。焦らず、まずは2〜3週間続けてみてください。また、バランスの取れた思考がなかなか見つからない場合は、信頼できる人に相談してみるのも一つの手です。
まとめ
CBTの思考記録(コラム法)は、ネガティブな感情や漠然とした不安に対して、具体的な対処法を身につけるための強力なツールです。自分の自動思考を客観的に捉え、より現実的でバランスの取れた考え方へと修正する練習を重ねることで、感情に振り回されにくくなり、自己肯定感の向上にも繋がります。
完璧を目指さず、まずは「書き出す」ことから始めてみてください。日々の小さな実践が、心を整理し、より豊かな毎日を送るための大きな一歩となるでしょう。